【よこ顔】「写真って生き物」を魅せてくれる。=華麗な写真家、藤井秀樹さん

.jpg 五月にしては、やや肌に汗の浮かぶ日だった。暮れなずむ銀座の人通りから抜けた一角にあるキャノンギャラリー銀座で写真展のオープンパーティがあった。写真家、藤井秀樹(72)さんの“Collaboration”展だった。藤井さんは、キャリアのあるプロの写真作家だが、近年、写真の可能性を広げるパフォーマンスを見せてくれている。写真は印画紙のみにプリントするものでない、自由に素材を選びプリントできる、液体乳剤を考案し「Fグラ」と命名し、紙、布、木、石にプリントした作品を発表している。今回は、それをデータ化して自身の写真に,作家とのコラボレートを試みた写真展であった。

 会場は空間スペースとフロア面に蓮の花のイメージ写真をプリントした布と紙がディスプレイされ、ライティングに藤井さんの作品が浮かび上がっていた。映画の美術作家の星埜恵子さんの演出である。モノクロの美しい女性のモデリングに、鮮やかな彩色がされた作品がある。イタリアのフィレンツエに15年も住む画家、高野倉さかえさんとのコラボレート作品だ。デジタルでは出しにくい、ゴールド、シルバー、パール系の彩色を取り入れている。

 なんと750点もの写真を藤井さんは高野倉さんに提示したそうだ。やや冷たいフェイスの写真に色が踊っている。同じ、フェイストーンの写真に、アイビイ風のイラストレーションが細密に描かれているコラボ作品は、若いイラストレーター鳥羽史仁さんとの作で、東京工芸大学写真科の酒井孝彦さんのディレクションでもある。目を魅く男女の仮面があった。創作人形作家でもある、里華さんの作品である。顔下半分はリアルであるが、上半分はその人の感情表現されている。血路が浮かぶ恐い表現だ。藤井さんは写真で仮面人物を表現している。

 藤井秀樹さんは1954年、日本大学芸術学科写真学部を出て、故・秋山庄太郎氏に師事。日本デザインセンターを経て、1963年フリーランスになり、マックスファクターのコスメティック、ファッション写真を撮り、女性専科のカメラマンとして名を馳せる。その鋭い眼光でスタティックな写真は、モデルの持っている美しさを100パーセント表現するプロの写真作家だった。私もバンドエイド等のイメージコマーシャルを共にした経緯がある。

 その後、「ZOOM」掲載等、ヨーロッパ・フォトユニオン講師、西ドイツAWI名誉会員、1980年代、ハンブルグ招聘、ニューヨークADC賞、APA賞、中国撮影学界審査委員、1990年代、シシリー島でのワークショップ、ベルギーセントルーカスカレッジ講師、サンデー毎日誌の著名写真家シリーズ連載等、写真集も多数あるが、コマーシャル、アートの写真家として、動きの鋭い作家であった。

 しかし、アメリカでプラチナプリントの作家、井津建郎さんにインスパイアされ、1990年、アンコールワット、カンボジアを訪れた際に、東南アジアの戦火での、今でも地雷に怯え生活する、孤児達の悲惨な姿に触発されて、今迄に20回も現地を訊ね、写真を撮っている。現在は、日本写真芸術専門学校の校長として、中国を始め東南アジアの学生を受け入れ、身障者、高齢者のための写真展開催を、「写真パラリンピック」まで高めるよう提唱している。今回もカンボジアの最新の写真を8x10(エイトバイテン)のカメラで撮影された作品を展示している。エイトバイテンサイズのカメラはプロの見せ所であり一見する価値がある。

 あの華麗なファッション写真家、藤井秀樹さんがなぜ、戦時被害者の戦争孤児の写真を撮っているのか。謎であったが、藤井さんの人との接し方、敏捷な行動力、外国を見る視野の広い眼から来る経験が、カネだけのコマーシャル、美だけのファッションを越えて、人間的な人を感じる世界へ入ったのは、藤井さんとのインタビューで感じられた事である。当然かも知れないと思ったのである。日本広告写真家協会の会長を務めた事もある人だが、写真というアートメディアの低評価、写真家のポジションを真に認めてもらえる、失われつつある日本の文化社会に寄与できる確固たるプロの写真家であると思う。

 ギャラリーでの藤井さんの高校時代からの馴れ初めの奥様の、明るい振る舞いが印象的な夜であった。写真ってコラボレーションできる生き物だと思うし、その真髄の一端を魅せてくれた藤井秀樹さんの写真展であった。

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